• 2011.10.13 Thursday
  • 16:12

最近思うこと

 お店を初めて半年が過ぎました。
この間、色々なお客様においでいただきました。
開店当初から頻繁に通ってくれる。時折顔を見せてくれるお客様、最近よくお越しになるお客様。一回限りの人、遠方よりお越しいただいた人、最近ご無沙汰の人など様々です。

また、この半年で3回メディアの取材を受けました。
取材の際に必ず、「お店を初めて良かったこと」を聞かれます。

お店を初めて何が良かったのか僕自身はっきりと自覚がありませんでした。

店を始めたのも半分成り行きで特に計画があった訳ではありません。
むしろ、店を始めようと決意してから周到な計画を作ったのです。

だから計画に沿って運営で来ていることがマストで、まだ計画通りに運営できていないため日々無我夢中でそんなこと考えている余裕がなかったのが正直なところです。

でも最近感じ始めていることがあります。

昔の仲間が時折、遠方より来てくれます。
昔の仲間の紹介で出張のついでに寄ってくれる方も結構います。
みんな、お蕎麦を食べて、お酒を飲んで笑い、語り合ってほっこりとしてくれます。
そして「美味しい」と言ってくれます。

お世辞半分かもしれませんが「美味しい」という言葉を聞くと本当に嬉しくなります。
多分、この言葉が聞きたくて店を始めたのではないかと思うくらいです。

昨日も、サラリーマンとOLの三人組のお客様がざる蕎麦を召し上がりました。
多分、そんなに期待してなかったんでしょうが、一口食べた瞬間に「あっ美味しい」とおっしゃりました。昨日は静かな営業でしたのでお客様の動向が気になる僕は見ないふりをしながらも耳をダンボにして聞いていたので聞き逃しませんでした。

心の中で「良し!」とガッツポーズです。

お会計の時に「お近くの会社の方ですか」と聞いてみたら「いや、歩くと結構あります」とお答えになりました。「美味しかったです、また来ます」ともおっしゃってくれました。

「美味しい」「来てよかった」という言葉を沢山いただくことがお店を繁盛させることになるのでしょうし、そのために毎日頑張るんだという単純な動機に気が付いたわけです。

今なら、はっきりとお答えできます。
「お店を初めて良かったことは?」と聞かれたら「美味しい」という言葉を聞けることです・・・とね。

ではでは。
  • 2011.07.01 Friday
  • 17:42

 お店の入り口を入ってすぐの右側の壁面に「夢」という額が掛けてあります。

これは、静岡市羽鳥の名刹曹洞宗「洞慶院」尊董 丹羽鐵山師の書です。

鐵山師のことを少しご紹介します。

鐵山師は13歳の時に、77世曹洞宗永平寺の管長を務めた丹羽廉芳師のもとに
養子となり僧職に入りました。平成22年11月に米寿となり今なお矍鑠としておられます。

そんな方の書が何故仙台の出来たてホヤホヤの蕎麦屋に飾ってあるのでしょうか?

何を隠そう(別に隠すほどのものではないのですが)、この鐵山さんは
私の妻の伯父さんなんです。つまり義父のお兄さん。要するに親戚の伯父さん。
親戚の伯父さんがお店の開店祝いに書を贈ってくれたわけです。
ついでに言うと、永平寺の管長を務めた廉芳さんも義父の従兄、(鐵山さんの従兄)
なのでいわゆる親戚なんです(笑)

なんだか、格調が無くなってしまった気がしますが、
鐵山師がどうこうではなく僕はこの書がとても気に入っています。
書自体の味もさることながら、開店祝いに「夢」という字を選び贈ってくれたことが
本当にうれしいんです。

僕のお店の開店はある意味成り行きで夢を実現したというような大層なものではありません。
しかし、夢を抱いて事に当たることの大切さをこれまでの人生でいろいろな場面や人に
僕自身が語ってきました。

そんなことを知る由もない伯父さんがこの字を選んでくれたことの偶然を本当に喜んでいます。

最後に楽屋落ち的な裏話を一つ。
この額、大きすぎて店内に飾れませんでした。
苦肉の策で入り口わきの壁面に収まったんです。
でも、これが結果的に大成功。
トイレに行かれるお客様、お帰りになるお客様は必ず目にします。
僕的には、お客様に「夢」もって帰っていただくのだ…
と一人ほくそ笑んでいるのです。

ではでは。
  • 2011.06.11 Saturday
  • 15:08

あれから三か月

 6月11日。今日であの地震から三か月がたちました。

僕はお店にいてメンバーと研修をしているところでした。
激し揺れにたじろきながらも厨房のガス・電気を切りに走ったのを覚えています。

それから一月ちょっとして店を開店したんですが、
振り返ってみるとあっと言う間の三か月でした。

あの地震で人生がガラッと変わった人がたくさんいるかと思います。
ある意味僕もそのうちの一人かもしれません。

電気ガス水道のない生活を初めて経験しました。
漆黒の闇夜も冬の本当の寒さも経験しました。

でも、目的をもって前向きに頑張る気持ちだけは無くさず来たつもりです。
お店も、メンバーの研修も結局できずにオープンし毎日お客様に教えを乞いながら
ここまでやってきました。

まだ軌道に乗ったわけではないけれど毎日お客様をお迎えすることができています。

いろいろなことに時間がかかりながらも日々変化しています。
震災に関しては、復興に向けて少しずつ動いています。

今日、植田くんのご両親の仮設住宅への入居が決まりました。
動いています。いろいろなことが…



  • 2011.06.10 Friday
  • 11:54

体が資本

 ・・・とはよく言ったものですね。

開業にあたりいろいろな人から言われご心配をいただきました。

まずは、痩せる。そして腰に来る。

はい、順調にその通りになっています。

体重は6キロぐらい減って現在67kg台で止まっています。
これについては、以前からかかりつけのお医者さんに「痩せなはれ」と
散々言われ続けていたので、ほぼ目標値に到達したことで問題ないかと思っています。
体も軽い気がして、夜もよく眠れるしその意味では体調は良い方かと思っております。

腰ですが、ついに来ました。
先週末辺りから左腰が痛みだし、昨日MAXとなりました。
屈みこみの姿勢で厨房の掃除をしていたら痛みが激しくなり一時は立っているのもつらいほどでした。

無理せず、植田くんに任せておけばよかったと後悔しております。

医者に行こうにも時間が無いし…とりあえずバンテリンをこってり塗っておきました。
今朝も痛みが取れず這い出すように寝床から出たものの、どうしたものかと。

店があるのでまた、バンテリンをこってりと塗って出てきましたが、店に来たら心なしが
痛みが引いてきたような・・・感じです。

このチャンスを逃さず、これから蕎麦打ち開始します。
今の雰囲気では今日一日は持ってくれそうかも…です。

毎日、いろいろな洗礼を受けています。
こうして、本当の蕎麦屋になっていくのだろうなと考えながらやっております。

ではでは。

  • 2011.06.09 Thursday
  • 15:52

植田くん

 今、僕と一緒に仕事をしているのが植田くんです。
彼はもう、17年も料理の世界にいて和洋中なんでもござれの料理人です。

彼のもう一つの顔は、仙台でも名うてのブルースミュージシャンなんです。
楽器はハーモニカ。
ブルースハーピストとしては仙台ブルース界でも知る人ぞ知るという人です。

料理の腕も確かだし、性格も良いし、音楽の趣味もあうし
彼のつながりで仙台の知り合いもずいぶん増えました。
僕としては本当にいい人と出会えたと思っています。

彼の出身は岩手県の釜石市。
今回の震災でご家族・ご親戚は無事だったものの家は津波に流されてしまいました。
それでも、気丈に頑張る植田くんが、震災復興に向けてのメッセージに参加しています。

ONE LOVE / 上を向いて歩こう [SING OUT from JAPAN]
http://www.youtube.com/watch?v=s3woUe-b-Zc

この動画の中で津波で跡形もなくなった閖上の海岸をバックにハーモニカを
吹いているのが植田くんです。

手打ち蕎麦山がたの自慢のスタッフです。

よろしくお願いします。
  • 2011.05.17 Tuesday
  • 09:38

小学校時代からの親友が本を出しました。

携帯も無く、CDも無く音源はラジオとレコードが主流だった時代。70年代の末から80年代前半に大学生だった世代にはこの空気感は懐かしさと共感を覚えるのでは…と思います。

「遠い場所で、僕は」ISBN978-4-286-09732-9 文芸社(1400円+税)

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